着物を染めたり絵を描く方法といえば、友禅、絞り染め、紅型、ろうけつ染めなどは聞いたことがあるかもしれませんが、「引染め(ひきぞめ)」という染色方法をご存知ですか?引染めというのは、色無地を染めたり、友禅のバックグラウンドを描く、着物の地染めをすることです。
今回インタビューしたのは、京都駅から日本海側に電車で2時間半、ちりめんで有名な丹後の地に工房を構える小林染工房の引染め職人・小林知久佐(こばやしともひさ)さん。
現在、様々なメディアで取り上げられられるようになり、注目を集めています。
小林さんは自ら、引染め職人のことを「陰の存在」と言います。ではそんな陰の技術を扱う小林さんが、こうして注目を集めるようになった背景には何があったのでしょうか?小林さんの染色の秘密に迫ります。
こちらはのれんですが、このように着物の生地にもぼかした線で絵が描いてあったり、色が切り替わっていたり。これが引染め職人のお仕事だそうです。
目次
小林さんの強み、堅牢(けんろう)染色とは?
引染め職人の仕事
引染め職人は刷毛(はけ)で着物に色を塗ります。色無地であれば端から端まで均一に同じ色で一気に染めていきます。小林さんの場合には、約13mの反物を染め上げるのに30分位。すべての色を均一に塗ることは、引染め職人としては当たり前の技術ですが、ではその中でも小林さんは何がすごいのでしょうか?
広い工房の中には、何枚もの着物の反物が吊るされていました。
小林さんの強み、堅牢(けんろう)染色
小林さんを有名にしたのは、なんと言ってもこの美しいブルーの染め。日本海をそのまま切り取ったような神秘的な青です。
この青を見ているだけでも気持ちが洗われるような気がするのですが、この染色のすごいところは色焼けしにくい、優れた染色技術だということ。
わたしも、以前着物屋に勤めていたのですが、とにかく青という色は色焼けします。なので外に向けて青い着物を展示することは避けるように教えられていました。
ー堅牢度(けんろうど)とは?
染色の丈夫さの度合いのこと。着物の染色堅牢度の試験は1級から5級まで(段階として9段階に分かれる)あり、数が増えるほど日光に当たったり、洗濯による色あせがないなど、優れた着物とされています。
3級以上あれば優秀とされる中、この反物は実は4級以上(「おそらく5級の試験をしたら5級以上になるだろう」と小林さん)。それは業界としては革新的な技術で、この「丹後ブルー」とその染色技術をもつ小林さんに注目が集まりました。
染料の知識なら負けない
誰でも色無地が染められる?小林さんの染料
インタビューをする中、小林さんの口から出てくる驚きの言葉がでます。
「多分ね、僕の染料で3日も練習したら、誰でも色無地染められるよ。そのくらい僕の染料は出来上がっているんです。僕は年間難物をほとんど出さない。なにかのドラマではないですが、僕失敗しないんで(笑)」
色ムラができにくく、小林さんのように素早く刷毛を動かさなくても均一に色が染められる染料だというのです。冗談も交えながらの言葉でしたが、出てきた言葉を裏付ける、小林さんならではの染色職人としての試行錯誤がありました。
会社勤め時代、染色の職人なのに営業も
小林さんは高校卒業後に着物メーカーに入社し、染色の職人になりました。ある程度のキャリアを積んでいく中で、会社として丹後工場新設にあたり、小林さんは引染めの責任者として丹後へ赴任することになったのです。しかし赴任からわずか3年、着物業界の全体の停滞に伴い、職人である小林さん自ら、京都・室町(着物問屋やメーカーが数多く存在)へ営業に行くように命じられます。「おれ、染の職人やで」と憤りを感じながらも、知り合いの紹介を頼りに4,50件の問屋を回りました。
メーカー、問屋への“ドサ回り“で増えた、知識と技
当時を振り返っていただくと、「いやで仕方なかったです」という小林さん。でも少しずつお客さんと会話をしていく中で、わかってきたことがありました。
「あの会社は、はんなり系が好きだからもうちょっと黄味を強くとか、好みがわかるようになって。だからあらかじめその色を作って持っていくこともできました。相手の好みに応えているうちに自分の技、色、知識がどんどん増えていったんです。」
お客様の頭のなかにある色を再現して持っていくというのは、実際にお客さまのニーズを探りながら、染料や染の技術などあらゆる知識が必要です。何千色、種類という染料を配合し色を作り、当時は多いときで月に150反の着物を染める…工場の中だけでは身につかなかったこの経験が現在の小林さんの技の礎となっています。
現在のお客さまとのやり取り。どこにどんな柄と色を入れるのか、微妙な色の違いは試しに染めて実際に送ってやり取りをすることもあるそう。
僕の技術は世の中に必要なの?SNSで勝ち得た信頼と止まない探究心
自分が大切にしてきた技術と知識をきちんと知ってもらいたい
平成11年1月1日に独立して、現在に至る小林さんですが、技術と知識がどれだけ向上しても、食べていくのがやっとだったと聞いて驚いてしまいます。そんな中、今から5.6年前に丹後の機屋さんと一緒に、百貨店催事の店頭にたつ機会がありました。
「当時僕はお客さんの前で話すことも営業することもできなくて……。でもその時たまたま、知らない人が平気で20万円出して僕の作った着物をパッと買っていくんですよ。この人、この着物がどうやってできたのかも知らないのにって思ったら、何だか心苦しくて。そのときに、僕の着物のこと、僕のこと、知ってもらわないといけないなって思ったんです。」
このときをきっかけに、小林さんはSNSで自分の仕事のこと、染色のこと、趣味の釣りのこと、自分のすべてをさらけ出したと言います。
フェイスブックに上がった釣りをするひとコマ。丹後は、着物だけでなく大好きな釣りができるのも、小林さんが丹後が大好きな理由。
「きれい!」「ほしい!」 消費者の気持ちに応えられるものづくりを
SNSを通して、知ってほしいという気持ちと同時に、世の中の人に自分のやってきたことが必要なものなのかどうか聞いてみたかったといいますが、実際の反応がどうだのでしょうか?
「駄目なら駄目って言ってほしかった。でもSNSを通して知ってもらって、実際に会ったてみたら、消費者の方からの「きれい〜!」って言葉や、一緒に仕事したいっていう同業の人もいて、ちゃんと評価してくれたんですよね。涙出るよね。」
目の前の課題にいつも試行錯誤し、培ってきた染料の知識と確かな技術が身についていた小林さん。やはりその努力は嘘をつかなかったのですね。丹後ブルーにより技術に注目が集まり、SNSでは確かな知識と人柄が発信され、信頼を獲得。イベントに足を運ぶと知らない人から話しかけてもらったり、着物のことを説明しなくても納得して買い物してくださる方も増えました。
「着物は高い、だったら長く着続けられるものを買ってほしです」と、常に本当に良い物を作り続けるために走り続ける小林さんに、今後も更に注目が集まりそうですね。
<しーまん・取材後記>
ほしい着物を目の前に、金額をみて躊躇したことありませんか?そして、「なんでこんなに高いの?」という疑問に対して、「そういうものだから」と済ませて買うか、何だかよくわからないから色が同じお手頃の物を選ぶのか…。さらに言えば私自身、たとえ取材をしてその価値をわかっても、小林さんの着物は金額だけ見たらすぐに出が出せるものではありませんでした。ですが、そんな私に小林さんは言います、「僕の着物はね、いつか着てみたい、憧れの着物でいいの」と。
いつか自分の好みの色と柄で、小林さんに一生着続けたい一枚を染めてもらいたい、それがわたしの目標となりました。
夏に #趣ライブ でも小林さんの工房にケビンがお伺いさせていただき、引き染め(ぼかし染め)の様子をご紹介させていただきましたので、あわせてご覧くださいね。
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